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静岡地方裁判所 昭和50年(ワ)234号 判決

原告 久保田佳郎

被告 株式会社静岡銀行

主文

一  被告は原告に対し、一七万二六五四円、及び内一一万六一五一円に対する昭和四九年六月一日から、内一万八三八八円に対する同月二六日から、各支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、五一万一三二六円及び内二五万五六六三円に対する昭和四九年六月一日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の請求原因

一  原告は、昭和二五年四月一日被告に入社し、昭和四六年一一月一〇日融資管理部調査役補(支店長代理相当)に昇格し、現在は個人融資部調査役補(支店長代理相当)の地位にある者であり、被告は、普通銀行業務等を営む株式会社で、原告を雇傭する立場にある者である。

二  ところで、被告は、就業規則(乙第一号証)第四七条・旧給与規定(乙第四号証)第四〇条の規定に基づき、平行員が平日午前八時四五分から午後五時まで・土曜日午前八時四十五分から午後二時三〇分までの所定労働時間を超える労働をした場合には、基準賃金の二割五分増(但し土曜日の午後五時までについては基準賃金)の時間外手当を支給していたが(前同規定第四〇条第一号)、支店長代理が前記労働時間を超える労働をした場合には、前記時間外手当を支給しなかつた(前同規定第四〇条第三号)。

三  そこで、原告らが、支店長代理に時間外手当を支給しないのは労働基準法(以下「労基法」と略称する。)第三七条違反であると主張してきたところ、被告は、前記給与規定を改正して昭和四九年六月分以降については、支店長代理についても平行員と同一の基準で時間外手当を支給するようになつたが、原告の昭和四九年五月分以前の時間外手当の遡及支払については、調整金という名目で同年四月分及び五月分について一万一〇〇〇円ずつを支給しただけであつた。

四  けれども、支店長代理に時間外手当を支給しない旨規定していた被告の旧給与規定第四〇条第三号の規定は、時間外労働に対する割増賃金の支払いを命じている労基法第三七条に違反する無効な規定であるから、被告は、原告の昭和四九年五月分以前の時間外手当についても、平行員と同一の基準でこれを支給しなければならないのである。

五  よつて、原告は、被告に対して、昭和四六年一一月分から昭和四九年五月分までの時間外手当合計二五万五六六三円(別紙時間外手当計算書(1)参照)、及び同額の附加金(労基法第一一四条参照)、並びに右時間外手当合計二五万五六六三円に対する昭和四九年六月一日から支払済みに至るまで、年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三請求原因に対する被告の認否・主張及び抗弁

一  認否

1  請求原因一項及び二項は認める。

2  同三項中、原告らがその主張のような主張をしたかどうかは不知、その余は認める。

3  同四項は争う。

4  同五項中、原告の平日午後五時・土曜日午後二時三〇分を超える勤務が全て時間外手当の対象となる勤務であるとすれば、原告の昭和四八年四月分から昭和四九年五月分までの時間外手当の金額は、別紙時間外手当計算書(1)の該当年月欄に記載のとおりの金額で、合計一三万四五三九円となることは認めるが、その余は争う。

二  時間外手当廃止の経緯について

1  被告は、昭和三二年五月一四日静岡銀行従業員組合(以下「組合」と略称する。)との間で、労働協約(乙第六号証の覚書)を締結し、支店長代理が労基法第四一条第二号の管理監督者に当たるとの労使一致した認識の下に、支店長代理の時間外手当を廃止し、支店長代理の役席手当を五〇〇円増額し、将来役席手当を地方銀行中の当行の位置に相応する適正額となるべく改正することとした。

2  ところで、当時は支店長代理に役席手当を支給し時間外手当支給の対象としないことが、規範的事実として支持されていたので、組合は、時間外手当も含めて役席手当を計算して増額要求を提出し、翌昭和三三年二月一〇日付覚書(乙第一六号証)の役席手当の金額に増額改訂することに合意した。かくして、被告は、支店長代理が管理監督の地位にあるとする労使双方の一致した認識の下に、昭和四九年六月五日付の覚書(乙第五号証)締結時まで、数回にわたる役席手当の増額改訂の方法によつて処遇してきたのである。

三  労基法第四一条第二号の解釈と労働協約の拘束力について

1  被告は、支店長代理が、店内の行員の人事及びその考課をなし、業務計画の作成・機密への参加・金庫の開閉等の権限を有し、店内の行員の指揮監督権を有すること、支店長代理には役席手当が支給されること等を総合して、支店長代理が労基法第四一条第二号の管理監督者に当たると判断しているのであり、このことは、昭和四九年六月以降支店長代理に対して時間外手当を支給することとなつた後においても、変わつていない。労基法が第一条第二項前段に定める性格のものとすれば、被告の右判断と現在支店長代理に時間外手当を支給していることとは、何ら矛盾するものではない。

2  このように、支店長代理には労基法第三七条の規定の適用がないので、支店長代理に時間外手当を支給しない旨定めていた旧給与規定第四〇条第三号は労基法にも違反しない有効な規定であり、原告は、昭和四九年五月以前の時間外手当を請求することはできない。

3  また、被告は、昭和三二年五月一四日組合との間で、支店長代理が労基法第四一条第二号の管理監督者であることを双方で確認し、支店長代理に時間外手当を支給せず役席手当を増額していくことについて労働協約を締結したのであるから、原告も右組合の組合員として右労働協約に拘束され、昭和四九年五月以前の時間外手当を請求することはできない。

四  消滅時効について

1  仮に、原告が労基法第四一条第二号の管理監督者に当たらず、昭和四九年五月以前の時間外手当の支払いを請求できるとしても、原告が右手当につき支払命令を裁判所に申立てたのは昭和五〇年五月一九日であるから、労基法第一一五条により、昭和四八年五月一八日以前に支払われるべき賃金は時効によつて消滅している。

2  従つて、時間外手当は、給与規定(乙第四号証)第四四条により当月分を翌月の本給支給日(二五日)に支払うものであるから、昭和四八年三月分(同年四月二五日の本給支給日に支払うもの)までの時間外手当は、時効により消滅したことになる。

五  時間外勤務時間の計算方法について

1  仮に、昭和四八年四月分以降の時間外手当を原告に支払うべきだとしても、原告の計算方法は、平日午後五時(実働七時間一五分)土曜日午後二時三〇分(実働五時間)を超えるものの全てを時間外勤務にしているが、一日実働八時間を超える勤務に対してのみ、時間外手当の支払義務があるものと解すべきである。

2  即ち、労基法(第三七条・第三六条・第三二条)上は、一日八時間を超える勤務に対してのみ時間外手当を支払わなければならないのであり、所定労働時間(平日七時間一五分・土曜日五時間)を超える一日八時間の部分は、労使の協議により自由に処分できるのである。被告は、支店長代理に対して昭和四九年五月までは、労使協定に基づき時間外手当を含むものとして役席手当を支給してきたのであるから、一日八時間を超える部分のみ時間外手当を支払えば足りるのであり、合計四万九一六八円(別紙時間外手当計算書(2)参照)となる。

3  被告は、原告に対し昭和四八年四月及び五月分は月額一万円、同年六月から昭和四九年三月までは月額一万四〇〇〇円、同年四月及び五月分は月額一万五〇〇〇円の役席手当を、労基法上の勤務時間等の制約のない者として支給してきたのであるから、仮に原告が勤務時間等に拘束のある者であるとすれば、少なくとも八時間以内の勤務については、右手当を含めた賃金で買取つた(支払済みである)と転換して考えるべきであろう。そして、同期間中の原告の一日八時間を超える時間外手当は四万九一六八円(別紙時間外手当計算書(2)参照)であり、原告の計算による同期間中の時間外手当一三万四五三九円(別紙計算書(1)参照)との差額(八時間以内の時間外手当)については、同期間中に原告に支払つた役席手当の合計一九万円によつて十分補填されている。

六  附加金請求について

1  労基法第一一四条により附加金の支払いを命ずることができるのは、民事的制裁を加えることが適当と判断される場合であるところ、昭和四九年六月以前においては、支店長代理が管理監督の地位にある者に該当し時間外手当の対象者に含めず、それに代えて役席手当を支払うという規範的事実(労使協定)が存在していたのであるから、附加金の支払いを命ずるのが適当なる場合に該当しない。

2  被告は、原告に対し昭和五〇年七月二九日付通知書(甲第一四号証)により、組合との間で妥結した遡及支払基準による時間外手当の遡及支払金一三万七三五〇円の弁済の提供をしたにも拘わらず、原告が受領を遅滞しているのであり、附加金支払いを命じるのは適当とはいえない。

3  労基法第一一四条但書により附加金の請求は二年間の除斥期間に服し、違反のあつた時から二年以内に請求の訴えを提起しなければならないものとされている。そして、本件附加金請求の訴えは昭和五〇年九月六日に提起されたものであり、各月の時間外手当はその翌月の二五日に支払われることになつているため、昭和四八年七月分以前の分については附加金の請求ができないことになる。

第四被告の主張及び抗弁に対する原告の反論

一  時間外手当廃止の経緯について

1  労基法が昭和二二年に成立して以降数年間は、殆んどの銀行で支店長をも含めた支店長代理以上の役席者に時間外手当が支払われていたが、労働組合の力が弱くなつた昭和二六年頃から、役席者は管理監督の立場にあるとして時間外手当廃止の動きが始まり、昭和三〇年代に入ると都市銀行から地方銀行へとその波が広がつていつた。

2  被告から支店長代理の時間外手当の廃止が提案された昭和三二年当時、組合としても組織上最大の力を注いで反対の立場をとり、職場でも該当者の大部分が反対したが、当時の労使の力関係から組合の必死の抵抗も力及ばず、最終的に支店長代理に月額五〇〇円の役席手当を増額するという回答が示されて、組合としても右提案を受諾せざるを得なかつたのである。

3  支店長代理に時間外手当を支給しないことが、昭和三二年当時規範的事実として支持されていた旨の主張は、著しく事実に反するものである。大阪労働基準局長が、昭和二八年一月二四日に、三和銀行中央市場支店の支店長代理が労基法第四一条第二号の管理監督者に当たらない旨の通達を出しているし、大分労働基準監督署が、昭和三二年大分銀行に対して、支店長代理に時間外手当を支払わないのは違法であるとして是正勧告を出し、同銀行が右勧告に従わず、是正措置をとらなかつたため、同銀行頭取及び約一〇名の支店長が送検されて罰金刑を受けている。

二  労基法第四一条第二号の解釈と労働協約の拘束力について

1  原告は、毎朝出勤すると出勤簿に押印し、三〇分超過の遅刻・早退三回で欠勤一日、三〇分以内の遅刻・早退五回で一日の欠勤になる等、通常の就業時間に拘束されて出退勤の自由がなく、自らの労働時間を自分の意のままに行いうる状態など全く存しない。また、原告は、人事及びその考課の仕事には全く関与しておらず、機密事項に関する余地もなく、ただ管理職の手足となつて部下の指導をするに過ぎず、経営者と一体となつて経営を左右するような仕事をしていない。

2  このように、原告は、出退勤の時間に拘束され、経営者と一体的な立場にあるものとは到底解せられないので、労基法第四一条第二号の管理監督者に当たらないことが明らかであり、支店長代理が右管理監督者に当たらないことについては、労働省労働基準局長通達「金融機関における管理監督者の範囲について」(昭和五二年二月二八日基発第一〇五号)(乙第一七号証)も明言しているところである。

3  なお、被告は、原告が昭和三二年五月一四日付労働協約に拘束され、昭和四九年五月以前の時間外手当を請求することができないと主張するが、右労働協約は労基法第三七条・第三六条・第三二条に違反する無効なものであり、原告は、右労働協約に拘束されずに自己固有の権利として、時間外手当の支給を請求できるのである。

三  消滅時効について

1  労働者は、使用者に対して労働契約上の権利を行使することが極めて困難な状態におかれており、特に労働組合がとりあげない場合に一労働者が権利を行使することは、解雇・出世不能或いはその他の不利益扱いを覚悟しなければならない。また、労働者が使用者に対して労働契約上の義務の履行を求める場合には、いきなり訴訟上の手続を行うのではなくて、労働行政を掌る監督官庁の指導を仰ぐのが常態となつている。

2  原告は、昭和四五年に組合役員選挙に立候補した時は勿論、昭和四九年にも組合に対して被告に時間外手当の支払いを請求すべき旨申入れ、昭和四九年一一月からは繰返し監督官庁への指導を仰いできた。然るに、被告に、労働契約上の優越的地位を利用して、今日に至るまで原告に対する時間外手当の遡及支払を拒否してきたのであり、他方、原告は、被告に対して時間外手当の遡及支払を求めて訴訟を提起するのが非常に困難な状態に置かれていた。

3  従つて、被告は、自己の優越的な地位を利用して債務不履行を生ぜしめ、かつ原告の訴訟上の手続をとることを事実上困難ならしめてきたのであるから、原告に対して消滅時効を援用することは、信義則に反し権利の濫用であつて許されない。

四  時間外勤務時間の計算方法について

1  原告の一日実働八時間を超える勤務のみが時間外手当の対象となる勤務であるとすれば、原告の昭和四八年四月分から昭和四九年五月分までの時間外手当の金額は、概ね別紙時間外手当計算書(2)記載のとおりとなることは認める。

2  しかしながら、支店長代理が労基法第四一条第二号の管理監督者でないとすれば、旧給与規定(乙第四号証)第四〇条第三号の定めは労基法第三七条に違反して無効なものとなり、支店長代理の平日四五分間・土曜日三時間以内の時間外手当についての定めが空白となるのではなく、平行員の時間外手当についての規定である旧給与規定第四〇条第一号の定めが支店長代理にも適用され、原告は平行員と同一の基準で時間外手当を請求できるのであり、このように解しなければ、支店長代理を労基法第四一条第二号の適用除外者とする実質的意味がなくなるであろう。

3  被告は、実働平日七時間一五分以上八時間までの四五分間、土曜日五時間以上八時間までの三時間の時間外手当について、二割五分増はおろか一〇〇パーセントの基準賃金すら役席手当を付したことをもつて支払済みであると強弁するが、そうすると、平日については、七時間一五分までの労働時間について基準賃金の支払い、八時間までの四五分間については賃金不払い、八時間超の労働時間については二割五分増の賃金の支払い(土曜日についても五時間以上八時間までの労働については賃金不払い)ということになり、平日四五分間・土曜日三時間は働いても賃金を受けることができず、それを超えた時間からは二割五分増の賃金請求権が発生するという、まことに奇妙な結果となる。

4  なお、役席手当は、平行員と区別され一定限度の責任を課されている支店長代理という職務に対して支払われているものであり、時間外労働に対する対価である時間外手当とは全く性格を異にするものであつて、役席手当のなかに時間外手当を含むことについての明確な定めもないのであるから、一日実働八時間までの労働時間を役席手当を含めた賃金で買取り支払済みであるとする考え方など、成立しよう筈がない。

五  附加金請求について

労基法は、労働者にとつて特に重要である賃金の支払いを怠つた使用者に対し、制裁的性格をもつた附加金の支払いを義務づけたのであり、損害賠償請求の如き厳格な違法性の立証責任を原告に負担させるべきではない。附加金は、労基法第三七条等の法令に違反したことだけで発生するのであるから、一種の無過失責任ないしは形式犯的なものと把握するのが妥当である。

第五証拠〈省略〉

理由

一  (当事者間で争いのない事実)

原告は、昭和二五年四月一日被告に入社し、昭和四六年一一月一〇日融資管理部調査役補(支店長代理相当)に昇格し、現在は個人融資部調査役補(支店長代理相当)の地位にある者であり、被告は、普通銀行業務を営む株式会社で、原告を雇傭する立場にある者であること、被告は、昭和四九年五月分までの給与については、就業規則(乙第一号証)第四七条・旧給与規定(乙第四号証)第四〇条の規定に基づき、平行員が平日午前八時四五分から午後五時まで、土曜日午前八時四五分から午後二時三〇分までの所定労働時間を超える労働をした場合には、基準賃金の二割五分増(但し土曜日の午後五時までについては基準賃金)の時間外手当を支給していたが(前同規定第四〇条第一号参照)、支店長代理が前記労働時間を超える労働をした場合には、前記時間外手当を支給しなかつた(前同規定第四〇条第三号参照)こと、被告は、前記給与規定を改正して昭和四九年六月分以降については、支店長代理についても平行員と同一の基準で時間外手当を支給するようになつたが(新給与規定〔乙第二号証〕第四〇条参照)、原告の昭和四九年五月分以前の時間外手当の遡及支払については、調整金という名目で同年四月分及び五月分について一万一〇〇〇円ずつを支給しただけであつたことは、当事者間で争いがない。

二  (時間外手当の廃止・復活及び遡及支払に至る経違について)

1  時間外手当廃止に至る経緯等

原本の存在及び成立に争いのない乙第一五号証、成立に争いのない甲第一〇号証、同第一三号証、同第一九号証、同第三〇号証、乙第五・第六号証、同第一四号証、同第一六号証、証人神谷聰一郎の証言により真正に成立したことが認められる乙第一三号証、証人平田貞治郎、同原田雅修、同村瀬保夫、同神谷聰一郎の各証言、及び原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  労基法が制定された昭和二二年当時は、殆んどの銀行の支店次長・支店長代理(以下「次長・代理」と略称する。)に時間外手当が支払われていたが、やがて次長・代理は労基法第四一条第二号の管理監督者に当たるとして、昭和二六年頃から次長・代理に対する時間外手当廃止の動きが始まり、昭和三〇年代に入ると多くの銀行へとその波が広がつていつた。

(二)  このような状況のなかで、被告は、昭和三二年三月七日組合に対して、次長・代理に対する役席手当の引上げと引換えに時間外手当廃止の提案を行つた。これに対して、組合側は、当初役席手当の引上げには異論がないけれども、次長・代理の時間外手当の廃止には反対するとの立場をとり、次長・代理の大部分も、時間外手当と役席手当とは性格が異なる等の理由から、同じく反対を唱えていた(甲第一九号証参照)。けれども、被告から支店長代理の役席手当を月額五〇〇円増額するという回答が示されて、組合としても最終的には、決算期及び月末月初の一週間を除き定時に業務を終了しうるよう、被告が業務の合理的な運営に努力することを付帯条件として、被告の提案に同意するに至つた。

(三)  かくして、被告は、昭和三二年五月一四日組合との間で労働協約(乙第六号証の覚書)を締結し、次長・代理の時間外手当を同日限りで廃止する(同覚書第一五条)、支店長代理の役席手当を店舗別区分毎に五〇〇円増額する(同覚書第一一条)、役席手当は地方銀行中の被告の位置に対し適正を期すべく、将来において改訂を協議する(同覚書第一二条)ことを組合との間で確認し、右確認事項に基づき、組合が同年一〇月五日時間外手当相当分をも含めて役席手当の増額要求(乙第一三・第一四号証)を提出したので、翌昭和三三年二月一〇日付の覚書(乙第一六号証)の役席手当の金額に増額改訂することに同意した。

(四)  このようにして、被告は、以後昭和四九年六月五日付の覚書(乙第五号証)締結時まで数回にわたり、労使双方一致した認識の下に、次長・代理に対して役席手当を増額改訂してゆく方法により処遇し、時間外手当を支給しなかつたのである。

2  時間外手当復活の経緯等

前掲甲第一〇号証、乙第五号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第七号証、成立に争いのない甲第四号証、同第一一号証、証人平田貞治郎の証言により真正に成立したことが認められる甲第五・第六号証、証人平田貞治郎、同原田雅修、同村瀬保夫の各証言、及び原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  大阪労働基準局長が、昭和二八年一月二四日付の大基監発第二五号通達の中で、三和銀行中央市場支店の支店長代理は労基法第四一条第二号の管理監督者とは認められない旨の判断を示し、更に、労働組合から要請を受けた労働基準局或いは同監督署が、昭和三二年に大分銀行に対し、昭和四一年に青森銀行に対し、昭和四二年に京都労働基準局管内の相互銀行・信用金庫に対し、支店長代理は労基法第四一条第二号の管理監督者に当たらず、同代理に時間外手当を支払わないのは労基法第三七条違反である趣旨の是正勧告を出した(但し、大分労働基準監督署の勧告は、支店長代理に相当する課長代理に対するものであり、京都労働基準局の勧告は、従業員三〇名以上の支店については支店長代理一名を除外するものであつた)。

(二)  昭和四八年に入ると、全国地方銀行従業員組合連合会及び全国相互銀行従業員組合連合会の要請を受けた各地の労働基準局或いは同監督署は、同年六月一日の七十七銀行に対する是正勧告を皮切りに、その後半年ほどの間に相次いで全国多数の地方銀行及び相互銀行に対し、支店長代理は労基法第四一条第二号の管理監督者に当たらず、同代理に時間外手当を支払わないのは労基法第三七条違反である趣旨の是正勧告を出した。

(三)  このような状況のなかで、組合が、昭和四九年二月一六日被告に対して、平行員と同一の基準により次長・代理に対しても時間外手当を支給するように申入れたところ、被告は、同年四月一〇日組合に対して、次長・代理は労基法第四一条第二号の管理監督者に当たり、労基法上は次長・代理に対して時間外手当の支払いは必要ではないが、役席者の処遇引上げの一環として、昭和四九年六月分以降については、平行員と同一の基準で次長・代理に対して時間外手当を支給し、同年四月及び五月分については、次長月額一万四〇〇〇円・代理同一万一〇〇〇円を調整一時金として支給する旨回答し、組合も右回答を受諾した。

3  時間外手当の遡及支払等

前掲甲第一三号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証の一・二、同第二号証、乙第七号証、同第一二号証、成立に争いのない甲第一二号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立が認められる乙第八号証、証人原田雅修、同村瀬保夫の各証言、及び原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  被告は、昭和四九年六月分以降については、次長・代理に対しても平行員と同一の基準で時間外手当を支給するようになつたが、昭和四九年五月分以前の時間外手当の遡及支払については、調整一時金として、同年四月分及び五月分について次長月額一万四〇〇〇円・代理同一万一〇〇〇円を支給しただけであつたので、これを不満とした被告の従業員村瀬保夫は、昭和四九年一一月八日静岡労働基準監督署に対して、次長・代理に時間外手当の遡及支払をしないのは労基法第三七条違反である旨の申告を行つた。

(二)  右申告を受けた静岡労働基準監督署長は、昭和五〇年四月二二日付の是正勧告書(甲第一号証の一)で被告に対して、次長・代理の一日八時間を超える時間外労働について割増賃金を支払わないのは労基法第三七条違反であり、二年間遡及して割増賃金を支払うように勧告し、同年五月八日付の「監督指導に対する是正について」と題する書面(甲第二号証)で、被告の次長・代理が労基法第四一条第二号の管理監督者に当たるとは判断しかねる、役席手当と時間外手当とは性格を異にする賃金であり、金額を明示し明確な定めをしなければ役席手当の中に時間外手当を含ませることはできない旨、重ねて指導した。

(三)  ところが、被告が右指導の回答指定日までに明確な回答を出さなかつたので、静岡労働基準局は、昭和五〇年七月四日局長名の文書によつて、次長・代理の割増賃金の遡及支払については、同年四月二二日付是正勧告書及び同年五月八日付書面の線に沿つて速やかに是正解決を計るよう被告に勧告し、更に七月八日には、被告の緒明副頭取を呼出して、局長文書の線で是正するよう重ねて申入れた。

(四)  そこで、被告は、昭和五〇年七月二三日組合に対して、次長・代理の昭和四八年四月から昭和四九年三月までの時間外勤務時間を個人別に調査算出して、一日実働八時間を超える部分について時間外手当を支給する旨の通知と、右支給金額の総額が次長月間平均一万四〇〇〇円・代理同一万一〇〇〇円の調整基準を下回る場合には、その差額を支給する旨の提案を行い、組合が右提案を受諾したので、同年八月二五日原告以外の全ての次長・代理に対して、右通知及び提案に基づく金額を支給した。

4  原告に対する時間外手当の遡及支払等

成立に争いのない甲第一四号証、証人原田雅修の証言、原告本人尋問の結果、及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告は、昭和五〇年七月二九日付通知書(甲第一四号証)を原告に送付して、(1)原告が本件賃料支払請求事件の訴えを取下げた場合には、直ちに前記二の3の(四)の通知に基づく金額六万四六〇五円を支給し、組合が前記二の3の(四)の提案受諾後に同提案に基づく金額七万二七四五円を支給する、(2)今回の支給決定は、静岡労働基準局の勧告指導に従つたものであるが、被告としては、次長・代理が労基法第四一条第二号の管理監督者の地位にあるとの考え方は変わらず、役席者の処遇引上げの一環として支給するものである旨通知した。

(二)  けれども、原告は、被告が次長・代理は労基法第四一条第二号の管理監督者の地位にあるとの考え方を変えていないこと、一日実働八時間を超える部分についてのみ時間外手当を支給し、平日実働七時間一五分を超え八時間までの四五分間分、土曜日実働五時間を超え八時間までの三時間分については、時間外手当支給の対象としていないこと等より、被告の前記通知書に基づく申入れに応ずることができなかつた。

(三)  被告は、原告が前記通知書に基づく申入れに応ぜず、本件賃料請求事件の訴えを取下げなかつたので、現在に至るまで、原告に対して時間外手当の遡及支払を履行していない。

三  (労基法第四一条第二号の管理監督者について)

1  被告は、原告(支店長代理)が労基法第四一条第二号の管理監督者に当たり労基法第三七条の規定の適用がないので、原告が昭和四九年五月分以前の時間外手当を請求することはできない旨主張する。思うに、労基法は労働時間・休憩・休日に関する労働条件の最低基準を規定しているが(同法第三二条ないし第三九条参照)、このような規制の枠を超えて活動することが要請されている職務と責任を有する「管理監督の地位にある者」については、企業経営上の必要との調整を図るために、労働時間・休憩・休日に関する労基法の規定の適用が除外されるのであり(同法第四一条第二号)、このような同法の立法趣旨に鑑みれば、同法第四一条第二号の管理監督者とは、経営方針の決定に参画し或いは労務管理上の指揮権限を有する等、その実態からみて経営者と一体的な立場にあり、出勤退勤について厳格な規制を受けず、自己の勤務時間について自由裁量権を有する者と解するのが相当である。

2  これを本件についてみるに、成立に争いのない乙第一号証、甲第二五・第二六号証、及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和四六年一一月融資管理部調査役補(支店長代理相当)に昇格し、その後昭和四七年に管理部、昭和四八年に消費金融部(後に個人融資部と名称が変更)の各調査役補(支店長代理相当)に転勤して現在に至るまで、ほぼ一貫して本部で担保管理の仕事に携つていること、原告は、調査役補(支店長代理相当)に昇格した昭和四六年一一月以降も、毎朝出勤すると出勤簿に押印し(乙第一号証の就業規則第二九条参照)、三〇分超過の遅刻・早退三回で欠勤一日、三〇分以内の遅刻・早退五回で一日の欠勤扱いを受け(同規則第四五条参照)、欠勤・遅刻・早退をするには、事前或いは事後に書面をもつて上司(原告の場合は調査役)に届出なければならず(同規則第四一条参照)、正当な事由のない遅刻・早退については、人事考課に反映され場合によつては懲戒処分の対象ともされる等、通常の就業時間に拘束されて出退勤の自由がなく、自らの労働時間を自分の意のままに行いうる状態など全く存しないこと、原告は、昭和四六年一一月以降現在に至るまで、部下の人事及びその考課の仕事には関与しておらず(例外的に昭和四七年一月に一度部下の人事考課に関与したのみ)、銀行の機密事項に関与した機会は一度もなく、担保管理業務の具体的な内容について上司(部長・調査役・次長)の手足となつて部下を指導・育成してきたに過ぎず、経営者と一体となつて銀行経営を左右するような仕事には全く携わつていないこと、以上の事実が認められる。右事実によれば、原告は、昭和四六年一一月以降現在に至るまで、出退勤について厳格な規制を受け、自己の勤務時間について自由裁量権を全く有せず、経営者と一体的な立場にある者とは到底解せられないので、原告が労基法第四一条第二号の管理監督者に当たらないことは明らかである。

3  ところで、被告は、昭和三二年五月一四日組合との間で、支店長代理に時間外手当を支払わず役席手当を増額していくことについて労働協約を締結したのであるから、原告も右組合の組合員として右労働協約に拘束され、昭和四九年五月以前の時間外手当を請求できない旨主張する。しかしながら、原告が労基法第四一条第二号の管理監督者に当たらないとすれば、原告は労基法第三七条の規定の保護を受けるので、同規定に違反する右労働協約の規定の適用を受けず、自己固有の権利として時間外手当の支給を請求できるものといわなければならない。

4  なお、付言するに、成立に争いのない甲第一七号証によれば、被告銀行には、昭和五〇年八月一日現在で用務行員を除いた一般男子行員が二七四六名在職し、うち支店長代理以上の地位に格付けされている者が一〇九〇名存在するので、仮に支店長代理以上の者が全て労基法第四一条第二号の管理監督者に当たるとすれば、被告銀行の一般男子行員の約四〇パーセントの者が、労基法の労働時間・休憩・休日に関する規定の保護を受けなくなつてしまうという、全く非常識な結論となるであろう。

四  (時間外手当の支払いを請求できる範囲について)

1  原告は昭和四六年一一月分から昭和四九年五月分までの時間外手当の支払いを求めるが、原告が時間外手当につき支払命令の申請を静岡簡易裁判所にしたのは昭和五〇年五月一九日である(この点は記録上明らかである)から、昭和四八年五月一八日以前に支払われるべき時間外手当は時効によつて消滅しているところ(労基法第一一五条参照)、被告銀行では当月の本給支給日(二五日)に前月分の時間外手当を支払うものとしているから(成立に争いのない乙第四号証の給与規定第四四条)、昭和四八年三月分(同年四月二五日の本給支給日に支払うもの)までの時間外手当は、時効により消滅したものと言わざるを得ない。

2  原告は、被告が自己の優越的な地位を利用して債務不履行を生ぜしめ、かつ原告の訴訟上の手続をとることを事実上困難ならしめておきながら、本訴で消滅時効を援用することは、信義則に反し権利の濫用であつて許されない旨主張する。しかしながら、被告は、昭和三二年五月一四日組合との間で労働協約を締結して、支店長代理の時間外手当を同日限りで廃止し、以後昭和四九年六月に至るまで数回にわたつて、支店長代理の役席手当を増額改訂する方法により処遇してきたことと(前記二の1の(三)(四))、昭和四六年一一月から昭和四八年三月当時は、多くの銀行が支店長代理に時間外手当を支給していなかつたこと(前記二の1の(一)・同2の(二))、原告は、昭和四六年一一月以降は何時でも、被告に対して時間外手当の支払いを請求したり、或いは支払いを求めて出訴することが可能であつた筈であり、被告において、原告の右請求や出訴に対して圧力を加えたり或いは妨害する等した形跡は全く窺えないこと(以上の事実は弁論の全趣旨により認められる。)に照らせば、被告が本訴で消滅時効を援用することが信義則に反するものとは言えず、権利の濫用であるとも解せられない。

3  このように、原告は、昭和四八年四月分から昭和四九年五月分までの時間外手当の支払いを請求できるのであるが、その金額の計算の基礎となる時間外勤務時間は、平日午後五時(実働七時間一五分)土曜日午後二時三〇分(実働五時間)を超えるもの全てと解すべきか(原告の主張)、それとも一日実働八時間を超えるもののみと解すべきか(被告の主張)が、次に問題となる。思うに、労基法第三七条は、一日実働八時間を超える労働に対し割増賃金の支払いを命じているに過ぎないので、労働協約・就業規則等で一日実働八時間に達しない労働時間を定めている場合には、所定労働時間を超え実働八時間以内の労働(法内時間外労働)については、労基法第三七条の規定の適用はないものと言うべきであろう。けれども、法内時間外労働については、労働協約・就業規則等に別段の規定が定められている場合には、その規定するところの賃金額の支給を請求できるのであつて、そのような別段の定めがない場合には、通常の労働時間の賃金(基準賃金)額の支給を請求できるものと解するのが相当である。

4  これを本件についてみるに、被告と組合との昭和三二年五月一四日付労働協約では、支店長代理に対する時間外手当を同日限りで廃止すると規定し(乙第六号証)、被告の就業規則第三四条・第三六条第一項・第四七条及び旧給与規定第四〇条第一号第三号は、平日午前八時四五分から午後五時(実働七時間一五分)土曜日午前八時四五分から午後二時三〇分(実働五時間)の就業時間以外に勤務をした場合には、基準賃金の二割五分増(但し土曜日の実働七時間三〇分以内の時間外勤務に対しては基準賃金)の時間外手当を支給するが、監督職以上の者については、右時間外手当を支給しない旨規定し(乙第一号証・同第四号証)、被告の就業規則第四条は、調査役補(原告)は監督職以上の者に格付けする旨規定している(乙第一号証)。けれども、原告は、労基法第四一条第二号の管理監督者に当たらないのであるから、支店長代理に対する時間外手当を廃止する旨の昭和三二年五月一四日付労働協約、及び監督職以上の者には時間外手当を支給しない旨の旧給与規定第四〇条第三号の規定は、原告に対する関係では労基法第三七条に違反する無効な規定となり、従つて、原告は、時間外手当については一般行員と同一の労働契約上の地位に立ち、旧給与規定第四〇条第一号の基準によつて時間外手当の支払いを請求できるものと言うべきである。

5  被告は、昭和四八年四月分から昭和四九年五月分までの原告に対する役席手当合計一九万円を、原告が労基法上の勤務時間等の制約のない者として支給してきたのであるから、原告が勤務時間等に拘束のある者であるとすれば、八時間以内の勤務については右手当を含めた賃金で買取つたと転換して考えるべきであると主張する。けれども、同期間中の原告に対する役席手当は、平行員と区別され一定限度の責任を課されている支店長代理という職務に対して支払われているものであり、時間外労働をすると否とに拘わらずまた時間外労働の時間数に拘わらず一定額が支給されるものであつて、時間外労働に対する対価である時間外手当とは全く性格を異にするものであり、しかも原告の役席手当中には、時間外手当相当分としてその金額を明示した明確な定めもなされていなかつたのであるから、原告の八時間以内の勤務については役席手当を含めた賃金で買取つた旨の主張には、にわかに左袒し難いものと言わざるを得ない。

6  以上によれば、原告は、昭和四八年四月分から昭和四九年五月分までの平日午後五時(実働七時間一五分)土曜日午後二時三〇分(実働五時間)を超える勤務について、旧給与規定第四〇条第一号で規定する基準に従い時間外手当の支払いを請求できるのであり、別紙時間外手当計算書(1)の昭和四八年四月分から昭和四九年五月分までの時間外手当合計一三万四五三九円(この金額自体については当事者間で争いがない)の支払いを、被告に対して請求できることになる。

五  (附加金請求について)

1  原告は、被告が労基法第三七条の規定に違反して時間外手当を支払わなかつたとして、同法第一一四条に基づき被告に対して附加金の支払いを求めるところ、裁判所が同法条に基づき附加金の支払いを命ずるためには、使用者に労基法違反行為があればそれで足り、それ以外に故意・過失等の特別の帰責事由の存することを要件とするものではないが、ただその違反について違法性を阻却する事由がある場合や、右違反に対し制裁を課すべきではないと認めるに足りる特段の事由がある場合には、裁判所は附加金の支払いを命ずべきではないと解するのが相当である。

2  これを本件についてみるに、被告は、昭和三二年五月一四日組合との間で労働協約を締結して、支店長代理の時間外手当を同日限りで廃止し、以後昭和四九年六月に至るまで数回にわたつて、支店長代理の役席手当を増額改訂する方法により処遇してきたこと(前記二の1の(三)(四))、昭和四八年六月頃までは多くの銀行が支店長代理に対して時間外手当を支給していなかつたこと(前記二の1の(一)・同2の(二))、原告は、昭和四八年四月分から昭和四九年五月分までの時間外手当、合計一三万四五三九円の支払いを被告に対して請求できるのであるが(前記四の6)、このうち労基法第三七条が規定している一日実働八時間を超える勤務に対する時間外手当相当分は、僅か四万九一六八円に過ぎないところ(別紙時間外手当計算書(2)参照)(右の点は弁論の全趣旨により認められる)、被告は、昭和五〇年七月二九日付通知書により原告に対して、原告が本件賃金請求事件の訴えを取下げた場合には、組合との間で妥結した遡及支払基準による時間外手当一三万七三五〇円を支払う旨申入れていること(前記二の4の(一))、以上の事実に徴すれば、被告が原告の昭和四八年四月分から昭和四九年五月分までの一日実働八時間を超える勤務に対する時間外手当合計四万九一六八円を支払わず、労基法第三七条に違反していることが、道義的批難に値する行為であるとまでは言えず、被告の立場もある程度理解できない訳ではない。

3  しかしながら、労働基準局或いは同監督署が、昭和二八年以降散発的にではあるが個々の金融機関に対して、支店長代理は労基法第四一条第二号の管理監督者に当たらず、支店長代理に時間外手当を支給しないのは労基法第三七条違反である旨の是正勧告を出し、昭和四八年六月以降は相次いで全国多数の地方銀行及び相互銀行に対して、同旨の是正勧告を出していること(前記二の2の(一)(二))静岡労働基準局或いは同監督署が、昭和五〇年四月二二日付・同年五月八日付・同年七月四日付各書面で、被告の次長・代理は労基法第四一条第二号の管理監督者に当たらないので、次長・代理の一日八時間を超える時間外労働について割増賃金を支払わないのは労基法第三七条違反であり、二年間遡及して支払うよう被告に勧告し、更に同月八日には被告の緒明副頭取を呼出して、重ねて口頭により同趣旨の勧告を行つているにも拘わらず、被告は、今日に至るまで支店長代理は労基法第四一条第二号の管理監督者に当たると主張して、原告の昭和四八年四月分から昭和四九年五月分までの一日実働八時間を超える勤務について、時間外手当合計四万九一六八円を支払つていないこと(前記二の3の(二)(三)・同4の(一)(三))、原告は、労基法第三七条に基づき一日実働八時間を超える勤務について時間外手当を請求できる外、更に旧給与規定第四〇条第一号の規定に基づき、平日実働七時間一五分を超え八時間までの四五分間・土曜日実働五時間を超え八時間までの三時間の勤務についても、被告に対して時間外手当の支給を請求できるのであるが(前記四の6)、被告は、昭和五〇年七月二九日付通知書により原告に対して時間外手当の遡及支払を申入れた際、労基法上は原告に対して時間外手当を支給する必要はないのであるが、役席者の処遇引上げの一環として支給するもので、その支給対象は一日実働八時間を超える勤務に対するものである旨明示しているので(前記二の3の(四)・同4の(一)(二))、被告の右申入れが債務の本旨に従つた履行の提供であるとは解し難いこと、以上の事実に徴すれば、前記五の2に記載した被告に有利な諸事実をもつて、被告の労基法第三七条違反について違法性を阻却する事由であるとは解せられず、また右違反に対し制裁を加すべきではないと認めるに足りる特段の事由とは評価し難い。

4  してみると、原告は被告に対して附加金の支払いをも請求できるので、以下その範囲について考察する。原告は、昭和四六年一一月分から昭和四九年五月分までの時間外手当と同額の附加金の支払いを求めるが、原告が附加金支払請求事件の訴えを提起したのは昭和五〇年九月六日であるから(この点は記録上明らかである)、昭和四八年九月五日までに請求すべき附加金は除斥期間の徒過によつて請求できないところ(労基法第一一四条但書参照)、被告銀行では昭和四八年八月二五日の本給支給日に同年七月分の時間外手当を支給するものとしているから(前掲乙第四号証の給与規定第四四条)、昭和四八年七月分以前の時間外手当と同額の附加金については、請求ができないことになる。また、原告は、平日午後五時(実働七時間一五分)土曜日午後二時三〇分(実働五時間)を超える勤務に対する時間外手当と同額の附加金を請求しているが、裁判所は、労基法第三七条の規定に違反して一日実働八時間を超える勤務に対して時間外手当を支給しなかつた使用者に対して、時間外手当と同額の附加金の支払いを命じうるに過ぎないのであるから(労基法第一一四条参照)、原告が被告に対して支払いを請求できる附加金は、昭和四八年八月分から昭和四九年五月分までの一日実働八時間を超える勤務に対する時間外手当と同額であり、三万八一一五円(別紙時間外手当計算書(2)の、昭和四八年八月分から昭和四九年五月分までの時間外手当合計六万〇一一五円から、調整金支給済分二万二〇〇〇円を控除した金額)(この金額は弁論の全趣旨により認められる。)に過ぎないものと言わなければならない。

六  (結論)

以上の認定及び判断によれば、本訴請求中、昭和四八年四月分から昭和四九年五月分までの時間外手当合計一三万四五三九円、及び内昭和四八年四月分から昭和四九年四月分までの時間外手当一一万六一五一円に対する支給日以後の日である昭和四九年六月一日から、内昭和四九年五月分の時間外手当一万八三八八円に対する支給日の翌日である昭和四九年六月二六日から、各支払済みに至るまで商事法定利率年六分(最高判昭和三〇・九・二九民集九・一〇・一四八四参照)の割合による遅延損害金、並びに附加金三万八一一五円の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 松岡登 人見泰碩 紙浦健二)

(別紙省略)

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